インドネシアで空手した話 part1

OSS! ゲンゴローです。

今日はインドネシアで空手した話をしようと思います。

(※写真はバリでの一枚)

とりあえず人と違うことをしたかった。

自分は大学院修士1年の時に2ヶ月間、インドネシアに短期の現地調査を行いました。

現地の人にインタビューをする簡単な調査だったのですが、それ以外、何も予定がなく、非常にヒマでした。

自分の研究室では国外の調査に行く人がほとんどで、国外へ行くこと自体、全く珍しいことではありませんでした。

国外調査の後は、研究室内でそれぞれが調査報告を発表することになっていました。

自分の同期は4人。

どうせみんな研究内容以外は現地の観光の写真とか、似たような発表しかしないだろう。

折角なら他の同期が出来ないことをやってのけたい!度肝を抜きたい!と考えていました。

じゃあ、自分には何ができるだろうか?

まず一番に思い浮かんだのは「空手」でした。

「14年間のキャリアは十分すぎるノウハウを自分に授けてくれた。きっと海外でも活かせるだろう。現地の人からしてみたら、日本人の空手を見る機会も中々ないだろうから、受け入れられるだろう!」

そんな楽観的な考えで、インドネシアでの空手計画を決意したのでした。

国外調査の際には現地の大学の研究室に在籍していました。

空手をするには、まず空手ができる場所を探さねば!

と考え、研究室やキャンパスを行きかう学生等、様々な人に空手部の存在はあるのか。あれば誰か紹介してもらえないか、と聞いて周りました。

聞き始めてから、空手部の存在はすぐ確認することが出来ました。しかし中々関係者に出会うことができませんでした。

探し始めてから2週間経ったある日、自分は修士論文執筆のヒントになればと、学内で開催された学会を聴講していました。お昼休みに昼ごはんを食べていたところ、偶然隣になった学生と仲良くなることが出来ました。その学生がなんと元空手部だったのです!

部活を辞めた人にその部活を紹介してもらうのは気が引けたのですが、心を鬼にし、何とか紹介してもらえないかと頼み込みました。

するとその学生は最初は気まずそうでしたが、自分の熱意を感じ取ってくれたのか、空手部の紹介をしてくれることになりました。

日本以外の空手との出会い

空手部の部長は、自分が所属していた大学とは別の大学の学部生でした。日本とインドネシアの技術の違いや、日本での練習方法を聞かれ、本当に日本以外の土地の空手なのだと実感しました。

部活動の内容は初心者に合わせた簡単なものでした。何よりも練習場所が、屋内の体育館でなく、屋外の空きスペースであったことが衝撃でした。

流派は自分と同じ流派だったのですが、微妙に動きが違ったり、日本に無い練習があったりと見ていて非常に興味深かったのです。日本ではこめかみなんてやらないし、外受けを腕受けといっていて新鮮でした。

部活が終わった後、自己紹介と形をしてほしい。と言われ、基本中の基本である平安初段をやりました。通行人も立ち止まって見てくれて、誇らしかったのを今でも覚えています。

1~10と左右が言えればどこでも空手ができる。

教えてくれるなら、部活に来てもいいよと言われたので、喜んで部員を教えることにしました。

当たり前ですが、ここはインドネシア。皆インドネシア人です。指導する時は日本語は通じません。練習の際には、日本なら「いち!に!」という掛け声も、こちらではインドネシア語です。「さとぅ!どぅあ!」となれない数字を発しながら、突きや蹴りをするのは新鮮でした。

しかし、裏を返すと、土地で大きく異なるのは「言語だけ」なのです。空手の動き自体は根本的には酷似していました。

この経験から自分は、「1~10と左右が言えれば空手ができる」ということを実感しました。

次回は、部活のOBの紹介で、謎の組織「Black belt community」で空手をした話を書こうと思います。

乞うご期待!

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